自分に自信がないから仕事がうまくいかないそんなあなたに伝えたいこと

自己紹介

ご挨拶

はじめまして!

20代の仕事のさまざまな悩みをもつ若い人に、キャリアのアドバイザーをすることを仕事にしている「ウエノ」といいます!

僕自身は高卒で20歳のときに始めて就職した会社が超ブラックで、うつ病を発症。そんな経験をたくさんの人に伝えたくて、このブログの運営をはじめました。 転職だけではなく、さまざまな仕事の悩みを解決できる情報をたくさんお届けてしたいと思っています!

ウエノの自己紹介

生年月日 1977年12月生まれ

趣味 阪神タイガース、読書、家族旅行

血液型 O型

好きな食べ物 からあげ

家族 妻と娘の三人家族

出身地 大阪府大阪市

問い合わせ先 こちらから

生まれ

僕の生まれは大阪市内。高度成長期真っただ中の日本には、小金持ちがたくさんいる時代でしたが、僕が生まれ育った家は、超絶貧乏。

僕自身も中学のころは、アルバイトとして朝の新聞配達を始め、家計の手助けをしていました。

中学の頃はラグビー部に所属し、バリバリに?ラグビーをやっていましたが、進学した高校にラグビーがなく、そのまま帰宅部に。。。

また当時住んでいた家が、通っていた高校の横にあったこともあり溜まり場に。学校仲間と授業をさぼって抜け出しては、自宅で「ダービースタリオン」という競馬育成ゲームに明け暮れていました。

今思えば、なんてダメダメな学生時代だったのでしょうか( ゚Д゚)ノ

家計が苦しかったこともあり、はなから大学進学を考えたこともなく、「何となく経理的な仕事が自分には向いているかなぁ」と、大した理由もなく、とりあえず簿記の専門学校に通うことにしました。

そして簿記の資格を取得した後に、地元の中小企業に就職。

そして、この中小企業が超絶ブラック企業だったわけですね。。。なぜあんな会社に就職してしまったのか。。

タイムマシーンがあれば、あの当時の自分に会いにいって「その会社だけは絶対にやめておけ!」と声高々に警告してあげたい!

ブラック企業時代

さてさて、人生で初めて就職した会社。この会社は地元のスーパーにお酒を卸す会社だったんだけど、入社したころは、大した志もなく入社した会社だけど「よし!やってやるぞ~!」という高揚感でいっぱいでした。

でも、この会社がまぢでヤバかった。

超絶ヤバかった!

何がヤバイって、とりあえずパワハラ社長の支配力が異常。

朝一番の朝礼から仕事ができないやつには罵声を浴びせ、その朝礼が短くても30分はあり、長い時は余裕で1時間を超える。特に営業職の担当へのあたりはきつかった。

その朝礼が終わってからも、その日に罵声を浴びせられた超本人には、引き続き公開説教が昼まで続く。つまり何の仕事もできないまま、1日の半分が終了してしまうというわけ。

「毎日何しに外回りしてんだよ。その使えない頭を使ってでも、死ぬ気で売ってこい!」

僕自身も、経理職希望で入社したのに、配属されたのは営業職で、こんな感じのことを皆がいる前でずっと言われ続けるので、どんどん自分に自信がなくなり、自分自身が言われてないときでも、他の人が罵声を浴びているのを聞いて、「次は自分かも」と、どんどん心が萎縮していった。

間にたつ管理職は、二つのタイプに分かれた。

  • 社長が言うことに完全に同調して、自分も部下にパワハラを繰り返すヤツ。
  • 気が弱くパワハラまがいなことはしないが、その代わり責任感が皆無で、部下におしりを拭かせようとするヤツ。

僕の上司は、後の「責任感がまったくない」やつで、直接パワハラまがいなことはしないが、仕事をしていく上で明確な指示をしてくれないし、困ったことがあってもまったく助けてくれない。

たとえば、顧客とのトラブルがあっても、「僕は関係ないから、直接社長に報告するように」と言われ、身体を震わせながら社長に謝りにいった。

(僕はこのときから、怒られたり、緊張したりすると、周りの人が見てもわかるほどに身体が震えるという症状がでるようになりました)

他にも、さまざまなブラック企業の要素があった。

サービス残業は当たり前。月20時間の残業代分は定額として支給されるけど、実際の月平均の残業は80時間ほど。ひどいときは余裕で月100時間は超えていた。
有休がまったく取れなかった。「休む=悪」という社風で、祖父がなくなって葬式にでるときでも、半日しか休むことができなかった。
社長の会社私物化がひどかった。経理課をのちに数年経験したけど、社長が自分の自宅で使用するテレビ・掃除機など、さまざまな訳の分からない領収書を処理していた。

そして、「こんな会社早く辞めてしまいたい」と思いながら、なんとか10年ほど勤めあげたけど、辞めることができた今でも、「何でもっと早く辞める決断ができなかったんだろう」という後悔の気持ちが消えません。

転職を決意したきっかけ

そんなブラック企業で歯を食いしばりながら、なんとかやっていたけど、毎日会社に行きたくないと思いながら、その当時はこんなことばかりを考えていました。

「他の同僚は苦しくても頑張っている。僕の頑張りが足りないだけ」

「転職したいけど、他の会社もどうせこんな似たようなものだろう」

「仕事ができない自分が悪いだけ。もっと頑張らないと」

今思えば、ほぼ頭の中をブラック企業の習慣に洗脳されていました。毎日毎日、倒れそうになるまで働かされるので、どんどん普通の思考ができなかったんです。

そんなブラックな会社を辞めることができたのは、いつものように朝礼で罵倒されていたら、身体の震えがいつも以上にひどくなり、気がつけばそのまま倒れてしまったからです。

そして、そのまま病院に担ぎ込まれ、精神的なストレスがひどいということで、うつ病の診断を受けました。

それをきっかけに、「身体も言うことを聞かないと、本当にもう無理だ」と転職を決意。

今勤めるホワイト会社に無事に転職することができました。

今のホワイト企業

今の会社は、公共性の強い超ホワイトな会社で、入社して本当にびっくりしました。

何が一番びっくりしたって、まずは有給休暇を普通にすべて消化できるところ。

今の時代、働き方改革に代表されるように「有給休暇の取得率をUPさせる」という行為は、ホワイトな会社なら力を入れて取り組んでいるところ。

じゃないと、本当に優秀な人材を集めることができませんからね。

でも、ずっとブラックな会社で働いてきた僕にとっては、これが本当にびっくりしたことだった。

入社した同僚がこんな理由で有休をとっているんです。

「ちょっと彼女と旅行に行くので休みをもらいます」

「子供の誕生日なので休ませてください」

最初に聞いたときは「まぢか!」と本当にびっくりしましたね。

でも、今の僕もこんな状況が当たり前で、年20日の有給休暇を毎日フルで消化できています。

今の僕の生き方

今の僕は、ホワイトな会社に転職して早10年。結婚して子供もでき、幸せな毎日を送っています。

今思えば、あの頃のブラックな時代があったからこそ、今の幸せな環境を本当にありがたいと感謝できているんですよね。

でも40歳を前にして考えだしたのが、世の中には僕と同じようにブラックな会社に勤めて、逃げる方法を知らずに、ブラックな環境に洗脳され、泣きながら仕事をしている若い人たちがたくさんいるんではないかということ。

こんな人たちを助けたいと思い、本業と合わせ、始めたのが、今のキャリアコンサルティングの仕事なんです!

ブラック&ホワイトな会社の両面のことをよく知っている僕だからこそ、いろいろ伝えることができることがあると思っています。

あなたへ約束したいこと

あなたがその辛い環境から抜け出せるような手助けがしたい。

世の中には、ブラックな会社だけではなく、楽しく自由に働くことができる環境もあることを知ってほしい。

そして、その世界であなたらしく楽しく幸せな人生を送ってほしい。

人生は一度きり。

僕のように勇気をだして、新しい世界に飛び出そう!

まぁ。僕はうつ病を発症して、ようやく抜け出せた口だけどね(笑)

いろいろなお問い合わせはこちらからよろしくお願いします!